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現地・現場レポート

被災地の買い物を支える公共交通
復旧進む三陸鉄道(1)


 平時であれば、地域振興のトピックスや新自由主義者による廃線やむなし論がマスコミの定番ネタに固定された観のある地方交通も、3.11以降は取り上げられ方が見直された模様で、特に被災地の路線については復興応援団的な発信を多数目にできるようになった。なかでも、三陸鉄道に関する話題には事欠かなかったと思う。
 三陸鉄道は岩手県の第3セクター鉄道で、同県の津波被災地となった都市を結ぶ北リアス線(宮古〜久慈71.0km)、南リアス線(盛〜釜石36.6km)の2つの路線を経営する。路線の途中はJR東日本の山田線が中継する形で、三陸地方を南北に結んでいる。もともと旧国鉄の経営改革によって廃止されることになった国鉄盛線・宮古線・久慈線と旧日本鉄道建設公団が建設中だった吉浜〜釜石、田老〜普代を引き受け、1984年に岩手県を中心とする第3セクターに経営を移行して開業した。80〜90年代には仙台からの直通運転観光列車(「リアス・シーライナー」)が運行されるなど、地方鉄道再生のモデル事業として活況を呈した時期もあったが、道路整備による自動車交通の拡大、少子高齢化と沿線都市の人口減等による利用客の低迷により、2007年には岩手県と沿線市町村の財政支援を受けての「三陸鉄道再出発宣言」を発表。経営再建に取り組んできた。そのような状況で東日本大震災が発生したのである。

2012年4月に北リアス線の大半区間が復旧

P5160792.JPG北リアス線 宮古〜小本の車両が宮古駅ホームに入ってきた 三陸鉄道は、風光明媚な三陸のリアス式海岸に沿って点在する各都市を、最短で結ぶのが特徴で、高速運転が可能な路盤に直線的なルート設定で、ローカル鉄道とは思えない速度で運転する。路線の多数にトンネルがあり、市域内は高架化していたことも、今回の壊滅的な津波被害からの早期復興を可能にした。
 2012年4月1日現在、同社が運営する2つの路線のうち、北リアス線は宮古〜小本、田野畑〜久慈の区間で運転が再開されておりJR東日本のリゾート列車「リゾートうみねこ」が接続するJR八戸線(こちらも津波被害を受けたが2012年3月に復旧)からの直通運転も始まろうとしている。同社によると、「2013年4月 に運行を再開する予定の南リアス線盛・吉浜駅間、さらに平成 2014 年 4月の全線復旧に向け鋭意取り組みを進める」という。

震災発生の5日後には列車を走らせる

P5160797.JPG窓には「復興支援列車」の貼り紙津波による絶望的な被害を目の当たりにして、さらに収束しない福島原発事故への不安、収まらない余震など、被災地と離れた東京に暮らしていても、落ち着かない毎日が続いていた。被災地では多数の貴重な人命が失われ、生活が破壊された。しかし、諦めずに前進に向かって苦闘している人々、組織も存在した。三陸鉄道もそのひとつなのである。
 大動脈の東北自動車道と被災各地を結ぶ主要道路の啓開は、国土交通省と現地建設事業者等みなさんの努力で、震災後数日後に実現したが、被災地を南北に結ぶ主要動線の国道45号は分断され、鉄道は線路がどこにあったのか原型を止めないほど破壊されていた。
 しかし、幸いにトンネル区間が多く高架路盤が中心だった三陸鉄道では、被害を免れた区間を確認できたことから、被災当事者となった社員も含め、全員で早期の復旧に取り組んだのである。その結果、震災発生のわずかか5日後の3月16日には北リアス線の陸中野田〜久慈、さらに20日は宮古〜田老、29日は田老〜小本間での運転を再開した。さらに3月中は復興支援列車として、無料開放されたのである。

買い物の足として多数が利用

 三陸鉄道を訪れたのは、初めてではない。2004年、当社刊「レトロの集客活性力」で同社が運転していた「レトロ列車」について取り上げて以来のことである。その時、体験乗車したレトロ列車のクラシカルな丸窓から見えた三陸海岸はどこまでも美しく穏やかで、今回のような悲劇が現実になるとは全く想像もできなかった。
 東京から陸路を急ぎ、2011年5月、岩手県宮古市にある三陸鉄道の本社を尋ねた。宮古駅前は何事もなかったような情景だった。聞けばもう少しのところで津波から免れたという。残念ながら津波が押し寄せてしまった駅から徒歩数分のエリアにある商店街では、被害の爪痕がはっきりと確認できる状況であった。謹んでお見舞い申し上げます。
 列車はいち早く復旧した小本駅まで、1日数往復の運転だったが、駅の待合室は出発時刻が近づくに連れ、多数の利用客で混雑するようになっていた。実は、復旧直後、小本〜宮古間の朝夕の列車は高校生を中心に、定員を上回る乗車で大混雑していたという。このため線路の途切れた北側の久慈駅からトレーラーで2台の車両を宮古駅まで運び、ラッシュ解消を務めたほどである。
 さて取材当日、復旧と被災の状況を体感しようと、宮古駅から乗り込んだ車両は、手にたくさんの買い物袋を下げた地元の人々で混雑していた。若者よりも中高年層がほとんどだ。宮古駅近くのスーパーで買い物を済ませてきたらしい。鉄道の再開もバスの運行もなければ、宅配もできない被災環境で、生活者の買い物ニーズはどこでどのようにカバーされるのだろう。何事もなかったように徐行運転を続ける列車の中で、駅に着く度に出現する、津波による破壊された町の変わり果てた姿に驚愕しながら(特に田老町の破壊的な状況に絶句)、しかし今でもここに生活者は存在して、買い物を必要としている現実を痛感したのである。

P5160814.JPG社内には買い物袋を提げた多くの乗客の姿が見られたP5160817.JPG


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